ノルディック・トゥリー
アルト・ヤルヴェラ(フィドル)とティッモ・アラコティッラ(ハーモニウム)の二人 は、
フィンランドの伝統音楽シーンで最も偉大な音楽家だ。
北欧伝統音楽の最重要グループ、JPPの創始メンバーで、30年近く同バンドで活躍する他、
多くのグループを牽引する二人は、ヨーロッパはもちろんアメリカ/南米/アジア等
フィンランドの音楽大使として世界中を駆け回っている。
名門シベリウス・アカデミーで教鞭を取り、若手の育成にも熱心に取り組む他、
映画やテレビの音楽を手掛けるなど、常にフィンランドの伝統音楽界の第一線で活躍してきた。
この重鎮二人がおなじく20年以上のキャリアを誇るスウェーデンの実力派フィドル奏者、
ハンス・ケンネマルク(フィドル)と組んだ新しいトリオが、このノルディック・トゥリーだ。
フィンランドで最も伝統的とされるペリマンニ(農村音楽師)の
スウインギーでユーモラスなスタイルと、
明るくメロディアスなスウェーデンの伝統音楽が絶妙にブレンド。
柔軟なアレンジの伝統曲に加え、メンバーのオリジナル作品も、とても美しく感動的だ。
その無欲で喜びに溢れる音楽こそ、何百年にも渡って彼の地の人々の喜怒哀楽を代弁してきた
民族文化の神髄と言える。
100年以上も前に作られたというティッモのハーモニウム(足踏みオルガン)も再来日!
ノルディック・トゥリーのこの新作『Contradans』が届くのを、ずっと待っていた。
去年(2009年)の5月に観た彼らの初来日ライヴがあまりにも素晴らしかったから。
天上の音楽というのは、まさにこれを言うのだろう…。
ライヴ会場で彼らの音楽に身を浸しながら、その比類なき美しさにただただ陶然とし、
僕は身動きできなくなってしまった。
3人の楽器から解き放たれたひとつひとつの音が軽やかに宙を舞い、遊び、交わるその様には、まさしく音楽の魔術があったように思う。
演奏者の技能や思惑を超えた何かとてつもなくまぶしい世界が、そこには輝いていた。
自分で書いていて、ちょっと大げさではと思ったりもするのだが、しかし、そうとしか言えない。本当に、幸せな体験だったのだ。
そして、この2作目『Contradans』。自在に伸縮しながら斜めにスウィングする独特なリズム、甘くふくよかなハーモニー、温かく慈しみに満ちたメロディ…このトリオにしか描けない桃源郷のような世界が、ここでは一段と力強く花開いている。1作目よりも曲想が格段にヴァラエティに富み、色彩は明るく、全体にポップになっているようだ。より多くのリスナーに受け入れられることだろう。
松山晋也(『Contradans』ライナーノーツより)
近年の北ヨーロッパ、つまり北欧の音楽シーンは多様化を極め、
様々なジャンルにおいて世界のシーンをリードしているミュージシャンが
ちらほら出現している。
僕自身もその幾つかの熱心なファンであったりするのだが、
そのすべてに言えているのは、
このノルディック・トゥリーに代表される伝承音楽/フォークの根深い影響と、
距離の取り方だと思う。
ラップランドやフィヨルドなどの自然景勝地に恵まれている北欧の地だが、
実際足を運んでみると、大自然というよりは「超自然」という印象を受ける。
真の意味での「豊かさ」など、この混迷した現代社会と多様化した価値観のなかでは、
そうやすやすと語れるものではない。
ただ、このノルディック・トゥリーの演奏を聴いていると、
ひとつの豊かさの頂点にある価値観以外の何ものでもないとまで錯覚するほど、
優雅で、かつ凛としている音楽であることに気づく。
JPPに代表される「意外と」エクレクティックな感覚なども、
その音楽的豊かさから来るものであろうことは容易に予想できるが、
伝承音楽特有の頑固さというか、押しの強さで押し切らずに、
まるでモーツァルトのように
水面を跳ねる楽天的な優雅さがあることも魅力のひとつである。
(岸田繁/くるり)